生きるということ 

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うーん

今日、献血車が来ました。

年に2,3回ほど会社にやってきます。
田舎の会社なので、、、

私もこんな病気になる前は、それ以外にも街頭でも献血してました。
年間できる量は限られているけど。
でもあんまり重く考えてはいなくて、まあ元気だし、だれかの役に立てばいいし、
自分も事故にあったり輸血が必要な時もあるだろうしってほんとにかるーい気持ちでした。

今ではもうできなくなってしまったけど、、、

献血に行ってくれた職場の人たちがに「ありがとうございます」
といったらとても不思議な顔をされて、「骨髄じゃないよ」と、、、、
私の病気をご存知の方ですが、治療に輸血が必要なんて思わなかったそうです。

まわりも「えー輸血もしたの?」って、、、、
「するなら自己血輸血したいよね」
って、、、(それができれば苦労しない、、、、、)
まあ世間一般の白血病に対する認識なんて、その程度なんですよね。

わかってはいるけど、なんかやるせない、、、
つらく苦しい毎日があって、今があるんだということをだーれもわかってはくれない、、、

近況(健康診断結果)

過去の記事が少しづつ書いていましたが、今日は近況を。

”いまさら”の健康診断の結果が返ってきました。

「血小板が基準値より低いです。専門機関に、、、」
はいはい。わかっておりますよ。

「心肥大」  えっ?しんひだい?胸部X線の結果です。
抗がん剤投与中、移植時 たびたび心臓肥大はありました。
薬の副作用、いたしかたない、、と言う感じで、ドクター方はさほど気にしていなかった。
でも不整脈がでたりしたときは、さすがに気にしてはいたけど。
退院後はそんな話は一度もでなかったのですが、もしかしてずっとあったのかも?
あんだけの治療をうけてきたのですから体のどこに何がでても不思議じゃないけど。

そして注目の骨密度。
94%
同年代の人と比べて、低下している、、、、という結果がでました。
いますぐどうこうはないけど、気をつけて、、、って感じ。

ステロイドばしばし使っていたし、卵巣機能もとまってホルモンも足りないし、、、
予想していたけど、やっぱりなあ、、、、、と言う感じ。

免疫抑制剤がきれたらホルモン治療うけたほうがいいかもとは言われている。
でもその免疫抑制剤がなかなかきれない。
しばらくは、カルシウムいっぱいとってしのぐしかないかあ。

そしてついでに最新の外来結果
血小板が9万7千、、、また10万を切る。
何が原因なのかなかなか10万以上の維持ができない。
普通に生きていくのに十分な量なんだけどやっぱりもう少しあがってほしい。

肝機能はあいかわらず高め、、、
よって免疫抑制剤はそのまま。抗真菌薬などもそのまま。

肺機能検査の結果も出た。
若干末梢の機能が弱いと言う結果だったものの概ね普通の肺機能。
でも肺だけは、何年たっても慢性GVHDが出てくることがある、、、とのことで
半年に一度は定期検査をすることになっています。
レントゲンやCTではわかりにくいこともあり、肺機能検査が一番とのこと。
前の病院でも言われたけど、「何年たっても、、、」ってとこがやっぱ一生安心ってできない
病気なんだと実感させられる。

しかし、肺機能が正常ということは昨年の「もうだめかも?」という肺炎からは奇跡的な
回復をしたということだ。
退院後、主治医たちに「しかし、よく助かったよね」といわれた私。
先生方や、応援してくれた皆のおかげでなんとか乗り越えられた。
あのきびしい肺炎発症から約1年、、、この季節は気をつけなくちゃ、、、。

それと眼科も行ってきた。
急性GVHDが眼にでたし、化学療法中にも白血病性の眼底出血。
ステロイド使っているので白内障も心配。
診察結果は眼底はすっかりきれいになり、白内障もいまのとこなし。
やはり半年に一度は見ておいたほうがよいとのこと。

次の検査月間は12月
(きっとマルクもあるんだろうなあ、、、、、)

入院まで(過去をふりかえって2)

冷静ではいたものの、、、まず困ったのが、私は関東に一人暮らし、
そばに相談する人(家族)はいなかったこと、、、

めったにかけない電話を九州の実家にかけた。。。
土曜日の昼間にかかってきた電話に母親は
「事故でも起こしたか?」と思ったそう。

まあ、他人を巻き込んだことでなかったのは不幸中の幸い、、、
驚きはしていたものの、母親も冷静。
病院などはわからないから、自分できめてよいとのこと。
診察室にとって帰り、ドクターに「血液内科あて」の紹介書(病院名なし)を書いてもらった。
病院は今から自分で探します。と伝えて。
年配の看護師さんは「がんばってくださいね」と励ましてくれた。

心配していた、友人と先輩に電話。
皆、絶句......

家に帰った後は、先輩や医者の友達に電話をかけ、病院情報を集める。
頭の中には三つの選択肢
1.実家のある九州の病院
2.東京の病院
3.今いる県の病院

いろいろな情報が集まり、決められない、、、、、
「家族がそばにいた方がよい」「いや、中央(都内)の方が、最先端の治療がうけられる」
「今はどこでもかわらない」などなど、、、、
最終的には月曜日、先輩のつてで、都内の病院を受診し、相談することに。
日曜日、母が来てくれ簡単に部屋の片づけをする。
もしかしたら二度とここへはもどってこれないのかもしれない、、
ほんの少し不安がよぎった。
そして月曜、そのまま都内に入院になるのか?はたまた実家に帰ることになるのか?
着替えなどを詰めたバックをもって、病院へ。

病名は間違いなく急性白血病。おそらく骨髄性。(断定はこの時点ではできなかった)
治療は長くかかるので、家族のそばがよい。
今ならまだ飛行機などにも乗れる。
実家近くの病院に聞いたところ、受け入れ可能。

これも運命かもしれない、、、、、
その足で飛行機に飛び乗り、帰郷。

翌日の朝10:00 このあと長くお世話になる大学病院に入院したのでした。
悪夢の健康診断からちょうど1週間目のことでした。

発病 (過去にさかのぼって1)

会社指定の病院に健康診断にいってきました。
えっなにをいまさら?って感じですよね。
でも会社に提出しなければならないので。

でもってメタボ健診が今年から追加されていて、、、
「おへその下をはかりますから」って、、、
検査師さん、そこおしり、、、、、
お腹もでているんだけどさ、、おしりも入るとつらいなあ、、、
(つまりかなり下のほうをはかるのです、、、)

血液検査の前に「血小板低いですから、、、もしかしたら他の血球も」
と一応言っていたので、検査技師さんは「?」な顔していた。

問診のお医者様は、
「過去の病歴」のところに書いた、尋常じゃない病歴に唖然。
「大変だったんだね.....」

まあそんなこんなで一応終わりました。
骨密度も測ってもらっちゃいました。
結果は後日ですが、、あんまりスカスカじゃないといいなあ...

ついでに発病のことを少し書こうと思います。

思えば2年前、この時期の健康診断が病気の発覚でした。
極度の貧血と白血球の低値(私の場合は低かったのです)
女性の場合はいろいろとあるので、2週間後くらいに再検査をしたほうがよいと言われました。

しかし、実は幸か不幸か仕事で血液関係のことには詳しかった私、、
(医者でも看護師でもありませんが、研究の仕事についていました)
このデータを見せられたときに正直「やばい」と思いました。
翌日は会社を休めなかったので、病院に行かず
色々自分で調べてみた結果、5,6のいやーな病名に行き当たりました。
白血病も入ってはいたんだけど、実は白血球が多くはなかったので「まさかね」
考えたくなかったというのもあるかもしれません。
でも他の病名も、負けず劣らず、やばーい病名しかでてこない、、、、

その時のまわりの反応ときたら、、
「機械がこわれていたんじゃない?」
「水がはいったんじゃない?(採血の試験管に)」
など、本気でとりあってはくれない
というより、「私がそんな病気になるはずがない」(健康優良児だったから)
「そんな病気の人が身近にいるはずがない」という思い込みだったんでしょうね。

翌日、血液内科のある病院へ行き、診察。
先生はあまりあわてている様子もなく、まあもちろん何かあるでしょうけど、、、
MDSのRAかな?という感じでのんびりしているので、自ら「マルクしてください」と頼みました。。
しかし数日後結果を聞きに行くと、
「これね、あなた仕事している場合じゃないから、大きな病院にすぐ入院してください。
紹介状書くから。」
でも病名をはっきり言ってくれない。

「白血病ですか?」また自ら尋ね、
「そういう可能性が高いね..」

そこから先はどこの病院で治療するのがベストか?
ということに意識は移行。
不思議に冷静で、真っ白になったりも、とりみだしてもいなくて、
とにかく最良の治療をうけるためにはどうすればよいか?ということばかり考えていました。

一つの2周年

昨日、6月6日は、2年前入院した日でした。

告知はもう少し前だけど、朝入院して、マルクして、CV入れられ、
抗がん剤の投与が始まったのが、6日、、
本格的に白血病との闘いが始まった日
もう2年たったんだーと思うと感慨深いものがあります。

まさか移植しなければならないとは思わず、
化学療法だけで治してみせる!なんて強気でいた自分、、、
白血病は治る病気とまだ信じていたころ

それからとんでもないことがたくさんあり、
突き落とされ、もがいて、はいあがって、また突き落とされ、、、
しかししぶとくはいあがり、、、、くりかえし、くりかえし、、、
無間地獄をいったりきたり、、
違った意味で強くなりました。

私は今元気でいます。
血球はまだ低いし、肝機能も(><)
血小板もずっと低値、、、、
でも、ごはんも食べられるようになったし、
運動もできるようになったし(無理やり)
TVみて笑えるようになったし、
不平不満言えるようになったし(笑)

すごいよね。たいしたもんだよね。
それもこれもまわりの人たちのおかげ、
ここであらためて感謝です。

記念日がどんどん増えていくうれしさ。
次は移植後2周年!(11月)セカンドバースデー

そして毎年積み重ねていって
記念日を増やしていきたいな。

でも今月は実は1回目のBDもあったりして、、、、
ほんとの歳は、、もう大きな声ではいえましぇーーーーん(汗)

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